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東京地方裁判所 昭和46年(行ウ)143号 判決

原告

株式会社

吉田鉄工所

右代表者

吉田一夫

右訴訟代理人

竹林節治

畑守人

被告

中央労働委員会

右代表者

石井照久

右指定代理人

岩崎博司

小針義家

主文

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実

第一  当事者の求める裁判

一  原告

(一)  再審査申立人原告、再審査被申立人訴外全大阪金属産業労働組合間の中労委昭和四五年(不再)第三四号事件について、被告が昭和四六年四月二一日付でした命令のうち、再審査申立人原告が大阪府地方労働委員会の命令の主文第三項の取消を求めた申立を棄却した部分を取消す。

(二)  訴訟費用は被告の負担とする。

二  被告

主文と同旨

第二  原告の主張する請求原因

一  訴外大阪府地方労働委員会(以下訴外委員という)は、昭和四五年四月二二日、訴外全大阪金属産業労働組合(以下訴外組合という)と原告会社間の昭和四四年(不)第四二号、第五〇号事件について、

第一項 原告は訴外組合吉田鉄工所分会(以下分会という)に対し、訴外全国金属産業労働組合同盟吉田鉄工所労働組合に提供したのと同様な条件(大きさ、設置場所)で、直ちに掲示板を提供しなければならない。

第二項 原告は、時間外労働を、右分会員に対しても、分会員以外の従業員に対すると同様にさせなければならない。

第三項 原告は、縦一メートル以上、横二メートル以上の白色木板に、左記のとおり明瞭に墨書して、すみやかに会社本社事務所の入口付近の従業員のみやすい場所に一週間掲示しなければならない。

訴外組合委員長    池田一志殿

分会分会長     塚本治殿

原告取締役社長   吉田一夫

当社は、貴組合および貴分会に対し、貴組合および貴分会を誹謗、中傷する文書を掲示したり、分会員宅を訪問しあるいは分会員宅に文書を郵送して分会員が貴組合から脱退することをすすめたり、貴分会には掲示板を提供しなかつたり、貴組合の分会員に対してのみ時間外労働をさせない取扱いをするなどの不当労働行為を行なつたことを陳謝し、今後このようなことは行なわないことを誓約します。

以上訴外委員会の命令により掲示します。

第四項 訴外組合のその他の申立ては、これを棄却する。なる主文を有する救済命令を発した。

二  そこで原告は、右命令を不服として、昭和四六年五月二五日、被告宛次のとおり再審査の申立をした。

原命令の主文第一項、第二項および第三項を取消す。

訴外組合の請求を棄却する。

との命令を求める。

三  被告は、昭和四六年四月二一日、右再審査申立事件(昭和四五年(不)第三四号事件)について

本件再審申立てを棄却する。

との命令をなし、右命令書は同年五月一五日、原告に到達した。

四  ところで、被告のなした右命令のうち、原告が訴外委員会の命令の主文第一項(分会に対し掲示板を提供すること)及び第二項(分会員に対し時間外労働をさせること)の取消しを求めた申立てを棄却した部分については、原告においてもこれを認め、右命令通り分会に対し掲示板を提供し、更に分会員に対し時間外労働を分会員以外の従業員と同様にさせることに決定した。しかし右訴外委員会の命令の主文第三項の取消しを求めた申立につき、これを棄却した被告の命令部分には、次のとおり事実の誤認、法律解釈乃至法律判断の誤りがある。

五1  事実誤認について、

(1) 被告認定の別紙命令書第一、2、(2)記載の事実関係は、当時分会員二、三名が大石に対し、訴外組合への加入を勧誘し、これに容易に応じようとしなかつた大石に対し、「もし加入しないのなら会社をやめさせるぞ。」と述べたものであり、その表現なり、その時の分会員らの態度によつて本当に会社をやめなければならなくなるのではないかとおそれた大石が、その後に至つて原告にその事実を告げ、本当に会社をやめなければならないかどうかを確かめたものである。しかるに被告は前記認定を基に、同命令書第二2、(1)、①の記載の如く判断した。

(2) 同命令書第一、2、(5)記載の事実関係につき、右副委員長の答弁の趣旨は、訴外組合が政治活動を行なわしめるためには、組合員に指令を出し、組合員は就業時間中といえども業務を放棄して政治活動を行なうことがある趣旨を言明したもので、訴外組合の幹部が大半共産党員であり、当時共産党が七〇年安保反対闘争のため職場内での政治活動の自由を表明していたことと相まつて、原告としては、この組合が党勢の拡充と七〇年安保反対に組合員をかりたてるのでないかと考えたのも至極当然であつたのである。しかるに被告は、右組合の発言の真意を正当に理解せず同命令書第二2、(1)①記載の如く「右発言は組合の要求事項に関連しての団体交渉の場でのやりとりにすぎない。」と認めた。

(3) 同命令書第一、2、(7)記載の事実関係は、当日就業時間中の午後四時頃、木造工場内で作業準備中の内野に対し、分会員が近づき「ふらふらするな、腰ぬけめ」と口ぎたなくののしつたので、精神の安定を欠いた内野が負傷したもので、右分会員の言動と内野の怪我との間には、何らかの因果関係があると考えられるものである。しかるに被告は、前記認定事実を基に同命令書第二2、(1)、③記載の如く「分会員の言動が内野の怪我の直接の原因となつたとは認められない。」とした。

(4) 同命令書第一、2、(6)記載の事実関係は当日、正午頃から分会員と会社の守衛、職制との間において、部外者、歌唱団及び訴外組合役員をも含めて、会社の許可なく入門せしめようとする分会員らと会社との間で対立があつた中で、分会員らにおいて力づくで部外者等を工場内に誘導しようとして「殺してしまえ」、等の怒号や押し合いが続き、そして門の鍵が分会員によつて破壊されたのであり、その時の状景は、原告から見れば外部団体の力を借りて原告に圧力をかけ暴力によつて組合の目的を達成し、組合の問題の解決を図ろうとした如くに見えしかもその時の組合の要求が、原告内における政治活動の自由、部外者の自由な会社内への立入等を含んでいたのである。しかるに被告は、右訴外組合役員の入門をめぐるトラブルについての責は同命令書第二2、(1)④記載の如く「事前に許可を受けていなかつたという理由だけで、組合役員との面会を拒否し、その入門を阻止しようとした原告にあると考えられ、原告のこのような態度が分会員の行動を誘発したものと認められる。」とした。

以上のとおり、被告認定事実はいずれも事実を誤認しその評価乃至判断を誤つたものである。

2  原告の行なつた文書の掲示等について

労使は対等の立場に立つものであるから使用者たる原告も、勤労者の団結権を侵害しない限り、労使関係について自由に発言し、自由に文書を配布できるものと解される。しかして原告が文書掲示等の方法により、労働組合又は組合員に対して自己の所信を述べ、労働組合の主張を反駁したり、その非を指適したり批判することは、それが強制・威嚇・報復・利益誘導あるいは利益供与を伴つていない以上使用者たる原告に許容された言論の自由の範囲内に属するものであり、何ら不当労働行為を構成するものではない。右前提に立ち、原告は前項(1)乃至(4)の事実に関し、原告の見解を文書掲示の形で表明した(前記命令書第一、3、(1)、(2)、(3)、記載のとおり)ものであるから、それらは何ら不当労働行為に当らないにも拘らず、被告は前項の事実認定のもとに、これらの事項に関する原告の見解を「いずれも事実を曲解し、組合あるいは分会の言動に藉口して組合を誹謗、中傷したもの」と認め、結局組合の弱体化を図る意図のもとになされた支配介入行為と認めたものであつて、右被告の判断は労働組合法第七条第三号の解釈を誤つたものである。

3  その他

被告は原告に対し、分会に掲示板を提供すること及び分会員に時間外労働をさせることの命令と並んで更に法律上の利益がないにも拘らずその旨のポストノーテイスを命じたことについては、法律上の利益につき判断を誤つた違法がある。

六  よつて被告のなした前記命令のうち第一、一、の申立部分は右のような事実誤認、法律解釈の誤りに基く違法なものであるので、その取消を求めるべく本訴請求に及んだ。

第三  被告の認否及び主張

一  原告主張の請求原因一、二、三項は認める。同四、五項は争う。

二  被告が本件再審査申立件につきなした命令については、別紙命令書記載のとおりの事実があり、同記載のとおり判断すべきものであるから、被告の命令は適法である。

第四  立証〈略〉

理由

一1  原告主張の請求原因一、二、三項の各事実、

2  右請求原因三の本件命令の理由が、別紙命令書記載のとおりであること、は当事者間に争いがない。

二弁論の全趣旨によれば、被告主張の別紙命令書の第一、認定事実(以下命令書第一という)のうち、1、2、3、4の各事実については、後記三の部分を除き、いずれも当事者間に争いがない。

三原告が事実誤認等と主張する点につき判断する。

1昭和四四年七月五日の大石寿一の件

(1)  この点に関する命令書第一、2、(2)の事実は、大すじにおいて当事者間に争いがない。

原告は、訴外組合への加入を勧誘した分会員らの言動は執拗であり、大石は本当に会社をやめなければならなくなるのではなかろうかと考え、会社にその真偽を確かめたと主張するが、それに副う証人西田伝の証言部分は、〈証拠〉により認められる右大石の相談に対する会社の態度即ち「分会の性質をよく見きわめて処置するように」と指示するにとどまり、それ以上分会員に対し何分の職場秩序維持のための措置もとつていないこと、大石がそのため会社をやめたいともらしていたという事実も窺われないことに照らし採用せず、他にこれを認めるに足りる的確な証拠はない。

(2)  しかして被告は、右事実につきその時期において分会の態度として、やむを得なかつたものと判断した(命令書第二、2、(1)、②)。しかし組合への加入は本来従業員個々の自由な意思決定に委ねられるべきであり、本件のように、多分に脅迫的言動をもつて訴外組合への加入を勧誘するが如きは、たとえ分会の非公然化の時期における秘密漏えいに対する措置あるいは反発としても、やはり妥当性を欠くものと云わざるを得ず、これをやむを得ないとした被告の判断は、是認し得ない。

2昭和四四年八月一八日の団体交渉の件

(1)  この点に関する命令書第一、2、(5)の事実は、当事者間において争いがない。

ところで原告は、右団体交渉の際の原子力潜水艦の寄港をめぐり、訴外組合井川副委員長のなした答弁の趣旨は、訴外組合の幹部が大半共産党員であることに照らし、右組合が分会員に政治活動を行なわしめるために、就業時間中でも業務を放棄し、政治活動を行なうことがある趣旨を言明したものであると主張する。〈証拠〉によれば、成程当日の団体交渉の中で原子力潜水艦の寄港の点につき右認定事実のとおりのやりとりがなされたが、最終的には訴外組合田渕書記長から原告側に対し、「これは組合の政治活動云云を問題としているのではなく、憲法上認められている組合員個々の権利を職場でも認めて欲しいというのが要求の趣旨である。」と説明していること、その当時原告が、「訴外組合の幹部の大半が共産党員である」と判断したのは、分会と対立していた吉田労組のその頃配布したビラによるものであることが認められる。証人西田伝の証言部分中右認定に牴触する部分は採用せず、他に右認定を左右するに足りる証拠はない。

(2)  しからば、右団体交渉の際の訴外組合側の片言隻句をとらえ、右発言の真意は、原告主張のところにあるとするのは、軽率であり且つ偏見に基くものと云わざるを得ない。

(3)  右の判断と同趣旨にでた被告の判断(命令書第二、2、(1)、①)は正当である。

3内野正人の怪我の件

(1)  この点に関する命令書第一、2、(7)の事実は当事者間に争いがない。

原告は分会員の言動と内野の怪我との間に因果関係があると主張する。〈証拠〉によれば、当日分会員内野は、別当某、西川某及び職制の中矢、村中両名等と分会員としての去就につき、いろいろ話し合つていたこと、右話し合いを通じ内野が本件事故の直前、かなり悩み、動揺していたことが認められ、右認定を左右するに足りる証拠はない。

(2)  しからば、内野の怪我の直接の原因は、一分会員の言動にあるとは速断できず、右分会員のみに責を負わせるのは相当でない。被告のこの点に関する判断(命令書第二、2、(1)、③)は正当である。なお(証拠)によれば、原告は、右分会員に対しその頃何らの措置もとらなかつたことが認められる。

4昭和四四年八月二〇日会社正門前の出来事の件

(1)  この点に関する命令書第一、2、(6)の事実は、おおむね当事者間に争いがない。

原告は分会員らが部外者らを工場内に誘導しようとして「殺してしまえ」等の怒号や押し合いが続き門の鍵が分会員によつて破壊されたと主張する。

〈証拠〉によれば、正門の内と外とでほぼ同数の三〇名程度の分会員らと、原告側の職制、吉田労組員らが対じし、入構をめぐり押し合いとなつた際「こわして了え」等の怒号があがつたり、小門の鍵が破損したことが認められるが右鍵の破損がすべて門外に居た分会員ら側の一方的行動に基づくものであるとまでは認め難い。

乙第七一号証の証人西田伝の供述記載には、分会員らが「殺して了え」と怒号した旨の原告主張に副う部分もあるが、右供述記載を裏づける有力な証拠もないので、右原告主張事実を肯定するには証拠が不十分である。

(2)  右認定事実に照らせば、本件訴外組合役員の入門をめぐるトラブルの主原因は、事前に面会許可を受けていないということを理由に右組合役員との面会を拒否しその入門を認めようとしなかつた原告側にあると解するのが相当である(当時、面会のための事前許可手続については、確たる慣行や協定は存しなかつた)。しかして原告側のこのような態度が、分会員の右行動を誘発したものであり、原告がこの自己の責に目をつぶり相手方である分会員らの行動を誇大にしかもかなり悪意に非難する態度は是認し得ない。右の判断と同趣旨である被告の判断(命令書第二、2、(1)、④)は正当である。

四原告は、原告が掲示した一連の文書(命令書第一、3乃至(6)のとおり)は、訴外組合に関する原告の見解を表明したもので、これらはいずれも事実に基づいた、しかも強制、威嚇、報復、利益、誘導あるいは利益供与を伴なつていないものであるから、何ら労働組合の団結権を侵害するものではなく、使用者たる原告に許されている言論の自由の範囲に属すると主張するので判断する。

1(1)  命令書第一、3、(1)の掲示文書について

右文書の記載中、原子力潜水艦の寄港をめぐる団体交渉でのやりとりに関しては、訴外組合側の発言の真意は、前認定三、2のとおりであり、原告の右記載部分はこれと異なるものであることは明らかである。

(2)  命令第一、3、(2)の掲示文書について右文書の記載中、内野の怪我の原因に関しては、前認定三、3のとおりであつて、原告の右記載部分は正確な事実の記載とは認められない。

(3)  命令書第一、3、(3)の掲示文書について右文書の記載中、八月二〇日の正門前でのトラブルに関しては、前認定三、4のとおりであつて、原告の右記載部分は結果のみをことさらに強調した原告の一方的見解である。

(4)  即ち、これらの事項に関する原告の見解は、いずれも故意に事の真相を隠し、あるいはぼかし、組合あるいは分会を誹謗、中傷したものと認めざるを得ない。

2ところで、原告の掲示した右一連の文書の内容を検討すると、そこには、いずれも訴外組合は非民主的な労働組合であるという原告の見解が表明されており、中にはその頃訴外組合ときびしく対立していたその相手方である吉田労組を歓迎するが如き記載部分も存する。即ち、これらの文書はいずれも訴外組合あるいは分会の言動に藉口し訴外組合を非難攻撃する趣旨のものであると認められる。

3しかしてこれらの文書は、いずれも命令書第一、2、(8)のとおり、分会及び吉田労組が互に相手を非難攻撃し、組合員獲得等の勢力争いにしのぎを削つていた時期に全従業員宛に掲示されたものである。

4以上の1、2、3の各事実を綜合すれば、原告がこれらの内容を記載した文書を、この時期に、全従業員に対しわざわざ掲示したということは、労使対等の原則に立ち、訴外組合あるいは分会員らのいきすぎと思う行動や考え方を批判し、その是正をせまり、真に健全な労使関係を樹立せんとする目的にでたものというよりも、批判という形をとりながら実は原告内において吉田労組の勢力の拡大を助長しようとし、訴外組合あるいは分会の弱体化を図るという意図のもとになされた支配介入の行為であると認めるのが相当であり、これは労働組合法第七条第三号に該当するものとして、もはや使用者に許された言論の自由を逸脱したものというべきである。

5分会員の家庭への訪問及び文書の送付に関する命令書第一4、(1)乃至(4)の各事実を綜合すれば、これらはいずれも原告が暗黙のうちに職制を介し、分会員をして訴外組合から脱退させることを目的として行なつた支配介入の行為と認めるのが相当である。右認定に牴触する成立に争いない乙第九四号証の証人西田伝の供述記載、一〇一号証の証人加藤久雄の供述記載第一〇三号証の証人高島邦彦の供述記載並びに証人西田伝の証言は、〈証拠〉に照らしいずれも採用せず、他に右認定を左右するに足りる証拠はない。

六一方被告は、命令書第一、5、6の認定事実を基に「原告が分会に対し掲示板を提供せず、また分会員のみに時間外労働をさせなかつた差別的取扱は、いずれも不当労働行為に該当するものである」と判断し、(命令書第二、4、5のとおり)右差別的取扱の解消を命じたこと(前記訴外委員会の救済命令第一、二項を維持)、原告は右被告の命令部分については、いずれもこれを認め取消訴訟を提起せず、右命令はその頃、確定したことは、弁論の全趣旨により当事者間に争いがない。

七原告は、被告の右命令部分については命令どおりいずれも履行したが、被告が右命令のほかに更にその旨のいわゆるポストノーテイスを命じた(前記訴外委員会の救済命令第三項を維持)のは、法律上の利益につき、その判断を誤つたものであると主張する。

1右主張の趣旨が、右差別的取扱を前記命令により解消し、既に不当労働行為が解消したということを前提とするものであれば、そもそも行政処分の取消を求める訴においては、その処分の適否の判断は、口頭弁論終結当時の事実を基礎とするものではなく、処分当時の事実を基礎とすべきであるから、右主張は失当である。

2よつて被告が前記訴外委員会の救済命令第三項を維持すべきと判断した当時、その必要があつたか否かにつき判断するに、まず不当労働行為救済制度は、使用者の不当労働行為に伴う団結権の侵害から労働者を救済するため、不当労働行為の行われなかつた以前の状態に戻すことを目的とし、いかなる不当労働行為に、いかなる救済を与えるかは、労働委員会において合目的的に最も適当と考えられる救済を与えるもので、労働委員会の自由裁量に属するものであると解する。しかしそれが客観的妥当な裁量の範囲を逸脱すれば、違法性を具有するものとして取消の対象となるものと考える。しかして原告は訴外組合あるいは分会に対し、前記四、五で認定したごとく不当労働行為をした事実及び同六で説示したごとく差別的取扱をなしたことにつき被告から不当労働行為と判断され、その解消命令を受け、右命令を認諾している事実があり、更に結成当初二〇〇名近くいた分会員が被告の再審査結審時の昭和四五年一一月頃には約二〇名に激減していること、これらを綜合すれば、原告の右各不当労働行為により訴外組合あるいは分会の団結権が侵害され、分裂させられ壊滅に近い打撃を受け、その運営に甚だしい影響を及ぼしたことが明らかであるから、前記訴外委員会の救済命令第三項掲記の内容のとおりの誓約文を掲示し、これを従業員に周知させなければ、失なわれた訴外組合及び分会の団結権を回復し、不当労働行為の行なわれなかつた以前の状態に戻すことは困難であると判断せざるを得ない。よつて右救済命令第三項を維持した被告の判断は、客観的妥当な裁量の範囲を逸脱したものとは認められない。

八以上のとおり、当裁判所の認定及び判断によれば、被告の各認定及び法律解釈はいずれも正当であり、右認定及び解釈に基き、被告が発した前記命令には何んらの瑕疵がなく適法である。前記三、1、(2)の判断の誤りの瑕疵のみをもつては右結論を左右しない。

よって原告の本訴請求は、その理由がないからこれを棄却することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八九条を適用して主文のとおり判決する。

(根本久)

別紙命令書

第一 認定事実

1 当事者等

(1) 再審査申立人株式会社吉田鉄工所(以下「会社」という。)は、肩書地に本社および本社工場を、大和郡山に奈良工場、東京、静岡、名古屋および広島に各営業所を設け、各種ボール盤の製造、販売を営んでおり、その従業員は約四三〇名で、そのうち本社工場の従業員は約三二〇名である。

(2) 再審査被申立人全大阪金属産業労働組合(以下「組合」という。)は、肩書地に本部を置き、大阪府下の金属産業関係の労働者約五、〇〇〇名で組織されているいわゆる合同労組である。

会社の本社工場には、会社の従業員で組織される組合の吉田鉄工所分会(以下「分会」という。)があり、分会を公然化した昭和四四年八月一四日の直後、分会員は二〇〇名近くになつたが、同年九月末までに多数の者が脱退し、その後も脱退が続き、昭和四五年一一月の再審査結審時には約二〇名となつた。

(3) 会社には、分会のほかに、昭和四四年八月一四日に結成された全国金属産業労働組合同盟吉田鉄工所労働組合(以下「吉田労組」という。)があり、この組合の組合員は結成当時約九〇名であつたが、昭和四五年一一月の再審査結審時は約三六〇名である。

2 分会の公然化前後の労使事情

(1) 昭和四二年三月、会社の従業員数名は、組合に加入し、分会を結成して、それ以降非公然に組合の組織拡大、労働運動の学習および親睦会である睦会を通じての労働条件の改善要求等を行なうなど活動していた。

(2) 昭和四四年七月五日、分会員久保純男は、職場で従業員大石寿一に対し、「事情を班長にもらしたのか。会社をやめてもらわねばならん。」趣旨のことをいい、翌六日、分会員荻野信隆、村上範雄の両名は、大石宅を訪問し、同人に上記趣旨のことを話して、組合への加入を勧誘した。

このことについて、同年八月六日、取締役総務部長西田行宏および人事課長高島邦彦は、大石に確認書を書かせ、提出させた。

(3) 昭和四四年八月一四日正午ごろ、会社の掲示板に吉田労組の結成大会を同日午後五時から本社工場の三階ホールで開催する旨の結成発起人名による文書が掲示されるとともに、同発起人らにより同旨のビラが全従業員に配布された。

(4) これを知つた分会は、急きよ分会三役会議および執行委員会を開いた結果、同日午後四時四五分に分会を公然化することを決め、その準備のため、分会長塚本治ら分会三役四名は、組合本部へ出向いた。

午後四時三〇分ごろ、組合書記長田渕卓男ら組合役員三名は、塚本分会長ら四名とともに、会社に来て、表門の守衛を通じ分会の公然化を通告するため会社の責任者に面会を求めたが、西田総務部長から、来社が突然であるとして面会を断わられ、入門出来なかつた。

そのうち、終業のベルが鳴り、工場内から出て来た分会員約一五〇名が、会社は組合員との面会に応じよと抗議集会を開いたところ、会社から組合側二名と面会に応ずるとの返事があつたので、田渕書記長および塚本分会長が西田総務部長と高島人事課長に会つた。

そこで、田渕書記長は、西田総務部長に分会が存在している旨の通告書、組合の綱領、規約および分会役員名簿ならびに組合活動の保障や労働条件の改善等の要求書を手渡すとともに、団体交渉を八月一六日に行なうよう要求した。

これに対して、西田総務部長は、明日の午前中に回答すると答えた。

(5) 八月一八日午後五時から一〇時ごろまでの約五時間、会社側は西田総務部長、高島人事課長ら、組合側は組合副委員長井川晴夫、田渕書記長および分会役員が出席して、団体交渉が行なわれた。席上、会社側は、八月一四日づけ要求書の内容について組合に終始説明を求めるのみで、要求に対する具体的な回答を行なわなかつた。

これに対して、組合は、このような会社の態度では団体交渉にならないとして、翌一九日大阪府地方労働委員会に団体交渉の促進に関するあつ旋を申請した。

なお、一八日の団体交渉の中で、組合側が「組合員が政治団体、宗教団体に加入してその活動する自由を認めよ。」と要求したことについて、西田総務部長は、「たとえば、原子力潜水艦が横浜に来て、会社内の分会の者が一〇〇名出動せよというような指令が出たら行くのか。」と問い質すと井川副委員長は、「そういうこともありうる。」と答えた。

(6) 八月二〇日、分会は、昼の休憩時間に歌唱団から歌唱指導を受けるため、正午前に、塚本分会長から会社に歌唱団の工場への入門および二階食堂の使用の許可を求めたが、西田総務部長は、「こういう事情のときだから、トラブルが起きるといけない。」といつて、歌唱団の入門を許可しなかつたため、分会は、やむなく門の外で歌唱指導を受けた。門内では、職制を含めた事務職員らがその様子を見ていた。午後〇時三〇分ごろ、その場に、井川副委員長、田渕書記長が要求事項の追加のため来たので、塚本分会長は、組合役員の入門の許可を会社に求めたが、会社は、事前に許可を受けていないとして許可しなかつた。このため、会社の門をはさんで、組合役員を入門させようとする門外の分会員らとこれを阻止しようとする門内の守衛、職員らとの間に、口論、押合いがあつたが、やがて休憩終了のベルが鳴り、門外にいた分会員らが就業のため入門した際、井川副委員長らも入門して、事務所前で西田総務部長および高島人事課長と面会した。

(7) 八月二〇日午後四時ごろ、分会員内野正人は、機械を操作しようとしてけがをし、医者に行く車中で同乗した人事課人事係長松元四郎に、「けがをする前に、分会員某から、お前はふらついているといわれ、頭にかつときてけがをした。もう分会はやめだ。」と話した。

(8) このころ、分会および吉田労組は、互に相手組合を非難、攻撃する内容のビラを配布したり、文書を掲示するとともに、職場においては従業員にそれぞれの労働組合への加入を積極的に働きかけていた。

3 文書の掲示

(1) 昭和四四年八月二〇日午後、会社は、西田総務部長が書いた「声明文」と題する文書を会社掲示板に掲示した。

これには、「御承知の通り、会社には二つの労働組合ができました。(総同盟系・全産系)皆さんは、両方の組合の性格を御存じですか。総同盟系は『個人も会社も共々に繁栄すること』を目的としています。全産系は(全大阪金属産業労働組合)○○党の指導の下に、目下のところ皆さんに受けやすい要求をかかげておりますが、真の目的は、党勢の拡張と七〇年安保反対に皆さんをかりたてるように見受けられます。その証拠には、先日の団体交渉のとき、『組合員が政治団体、宗教団体に加入してその活動する自由を認めよ』といいました。そのとき会社の質問で『たとえば原子力潜水艦が横浜に来て、当社内の分会(全産系)の者一〇〇人出動せよとの指令で出動するのか』と聞いたら、『そのようなことはある』とのことでした。会社で争議が起り、生産が低下すれば、給与その他の条件で、皆さんの幸福はどうなりますか?よく、冷静に考えて下さい。」と記載されていた。

なお、八月二一日午後四時から、大阪府地方労働委員会で、団体交渉に関するあつ旋が行なわれた際、あつ旋員は、上記「声明文」を直ちに撤去するように述べた。

(2) 翌八月二一日、会社は、西田総務部長が書いた「告」と題する文書を掲示した。

これには、「皆さんは、如何なる組合・会に加入することも、また脱会することも自由にできることは、憲法によつて保障されています。にもかかわらず、過日は○○君に対し全産労に加入をせまり、『もし加入しないのなら会社をやめさせるぞ』と脅迫的に個人の自由意思を圧迫した事実があります。さらに八月二〇日午後四時ごろ、木造工場内で作業準備中の内野君に対し、全産労脱退の気配ありと見るや、某全産労組合員が近づき、「フラフラするな、腰ぬけめ」とどなつて、内野君をして重傷せしめた事実を、従業員の皆さんはどう見ますか? これでも民主的な組合のあり方だと考えますか? 皆さん、冷静に判断して、良識をもつて、自主的な行動をとつて下さい。」と記載されていた。

(3) さらに、八月二二日、会社は、西田総務部長が書いた「声明」と題する文書を八月二〇日掲示された「声明文」の上に掲示した。そのため、「声明文」は、下にかくれて見えなくなつた。

これには、「八月二〇日、一二時二〇分ごろに、全産労側の応援隊なる者が、会社正門前に来た折に、全産労系組合員が、強引に外部団体を工場内に誘導しようとして、怒号(殺してしまえ、)押し合い、門のかぎを破かいしました。外部団体の力を借りて会社に圧力をかけ、力によつて全産労の政治活動、外部との組合活動、経済問題等の解決を迫まろうとしております。全産労は分会員の利益を代弁する態度を示していますが、本質は全産労の組織の拡大をはかるためであります。会社の存立など問題にしていません。まして会社の将来など全く眼中にありません。会社をつぶせば彼等は、それで勝つたとカン声をあげるでしよう。それで皆さんは幸せでしようか? 全産労の指令によつて、反安保、反原潜など全産労が行なう政治活動に職場をすてて行くのが労働組合のあり方だと皆さんは考えていますか。全産労はそれをやらすために皆さんを組合員に引き込もうとしているのです。また、デモや、けつ起大会、外部団体の力の応援等で会社に圧力をかけようとしていますが、圧力を加えられれば加えられるだけ会社の警戒心を深めるだけであり、それだけ問題の解決がおくれるのです。○○党の外部団体の指令によつて動かされる操つり人形と化さず、冷静に判断して良識ある行動をとつて下さい。」と記載されていた。

(4) 八月二二日、松元人事係長が書いた「共産党の本質をここに見よ、共産党は革命の味方ではあつても労働者の味方ではありません」という見出しの文書が掲示された。

その趣旨は、共産党が矢田教育差別事件で部落解放同盟を中傷し、一九日の大阪市議会で共産党市議団に反省を求める決議案が可決されたとの新聞記事をそえて記述し、最後に「会社と自分の将来について、ここでじつくり考えてみて下さい。(株)吉田鉄工場」と記載されていた。

(5) 八月二三日、庶務課長加藤久雄が書い「デモ参加の自由権について」と題する文書が掲示された。

これには、「日本は民主主義の国であります。従つて、組合の加入・脱退の自由は憲法で保障されています。シツコクシツコクせまつて、個人の自由な意志を圧迫して加入を強要する組合は、組合員個人の自由な意志を尊重する組合とは云えません。従つて、デモに参加するか、しないかは個人の持つている自由の権利です。若し、誰かが参加を強要するものがあつたらその者は、あなたの基本的に持つている自由をハク奪する行為です。力やデモで解決するものではありません。一つ一つの行動について冷静に判断して、良識を持つて自主的に行動して下さい。」と書かれていた。

なお、同日終業後の午後五時三〇分ごろから、組合の各分会員や近辺地区の総評系労働組合の組合員等約七〇〇名が集まつて、「吉田鉄工要求貫徹・支援決起集会」が開かれ、引続きデモが行なわれた。

(6) さらに同日、会社は、西田総務部長が書いた「組合運動は、闘争至上主義がよいか、話し合い主義がよいか、冷静に判断して行動してほしい」旨の文書を掲示した。

4 分会員の家庭への訪問および文書の送付

(1) 昭和四四年八月二一日午前一〇時ごろ、課長代理芳ケ迫某および従業員久忠某は、同日欠勤していた分会員田上一範宅を訪ね、同人に組合からの脱退の勧誘を行ない、文書を渡した。

それには、「……略……二つの労働組合が生れました。一つは総同盟系で個人も会社も共に繁栄を計ろうとする組合であり、一つは全大阪金属産業労働組合(全産労)であります。全産労は○○党の最左翼の指導組合であります。会社の存立は勿論、会社の将来等(会社の将来は従業員の将来)は眼中にありません。若し、御主人がこの恐しい全産労に加入されているとすれば『それデモだ、それストだ』と御主人の意志に反した行動にかりたてられ、結局迷惑するのは、家庭の皆さんです。組合の脱退は、全く自由です。入会・脱退の自由は憲法で保障されています。御家庭の幸福のために良識ある判断と行動を望みます。」と記載されてあり、末尾に会社名があつた。

さらに、九月四日にも、芳ケ迫課長代理は、田上宅を訪ね、組合からの脱退を説得している。

(2) 八月二二日午前九時三〇分ごろ、課長代理大塚伊は、分会員無川勝次宅を訪ね、同人の妻に上記文書と同じ内容の文書を渡し、同人が組合を脱退し、吉田労組に加入するように説得を依頼した。

(3) 八月二一日から同月二六日ごろにかけて、大塚課長代理および芳ケ迫課長代理らが中心となつて、分会役員の約半数の一〇名を除く分会員あるいはその家族あてに四、五回にわたつて会社名を使用して組合からの脱退をすすめる内容の三通の文書を送付した。

この三通の文書には、会社には二つの労働組合があること、全産労組は共産党員に指導されている「赤」の組合であること、同組合は、会社の存立はもちろんのこと、従業員の将来も眼中にないこと、会社は、同組合には強い決意をもつて対処していること、分会員は、「赤」の同組合にあやつられ、おどらされていたに過ぎないから、たとえ分会の役員といえども、脱退後は、待遇や職務について何ら差別を受けることはないこと、会社は、今すぐ分会員が「赤」の同組合から脱退することを切に希望し、また、分会員の家族は「赤」の同組合からの脱退を夫や子供にすすめてほしいことが書かれていた。

そのほかの一通には、「脱退のときは同封の脱退届の用紙に年月日、住所、氏名を記入捺印して下さい。そして郵便局の窓口に持つて行き『配達証明でお願いします』と言えばそれで万事O・Kです。」と記されてあり、脱退届の用紙および組合のあて名が書かれ、一四五円の切手が貼付された封筒が同封されていた。

なお、これらの文書は、会社の複写機で複写され、封筒は社名入りの事務用封筒が約七〇〇枚使用された。

組合は、八月二九日開かれた団体交渉の席上、このことについて会社に抗議したが、これに対して、会社は、関知しないと答え、翌三〇日には、会社の封筒を勝手に使用してはならない旨の文書を会社掲示板に掲示した。

(4) 組合には、四月末ごろから九月初めにかけて、分会員から約七〇通の脱退届が出されたが、そのうち六五通は、前記脱退届用紙によるものであつた。

5 掲示板

(1) 分会は、公然化と同時に、会社に掲示板貸与の要求を行ない、さらに、昭和四四年九月初めに、同要求を文書で行なつた。

なお、分会の公然化以降、分会および吉田労組は、文書掲示のときは、会社に届け出て会社の掲示板を使用してきた。

(2) 会社は、分会はおよび吉田労組に、それぞれ掲示板を提供することとし、九月五日正午前ごろ、西田総務部長は、両組合に掲示する期間、掲示の事項等を規定した掲示板規定を示し、提供する掲示板の位置は会社掲示板の横であると伝えた。

これに対して、塚本分会長は、「掲示板規定の内容を全面的には了承できない。会社が分会を誹謗・中傷するような不当労働行為にあたる掲示を行なわない旨の約束をすれば、吉田労組と同じ条件で提供を受ける。」と答えた。

同日午後四時三〇分ごろ、会社は、塚本分会長に、分会は午後四時四五分までに会社掲示板に貼つてある分会のビラ等を徹去することおよび同時刻を過ぎれば、会社が徹去することを文書で通告し、分会がこれを拒否すると、会社は、分会のビラ等を徹去した。

これについて、分会は、会社に抗議したところ、会社は、九月九日に団体交渉を開き、協議すると答えた。

なお、吉田労組は、五日午後三時ごろ前記掲示板規定に「組合の正常な活動に必要な事項の掲示を認める。」等の二項目を追加することについて会社と話合いがつき、午後五時ごろ掲示板を提供された。

(4) 翌九月六日、分会は、会社に対し、前日の掲示板規定に関する塚本分会長と西田総務部長の応答の経過および会社が分会のビラを徹去したことについて、文書で抗議した。

(5) 九月九日、分会は、団体交渉において、吉田労組と同じ内容の掲示板規定で了承する旨を会社に回答し、掲示板をいつ提供してくれるのかと尋ねたところ、高島人事課長は、「あんたらいらんといつたのやから、どこかへやつたかもしれん。」といつて、掲示板を探しに席を立ち、休憩に入つた。

休憩後、会社は、突如分会に対し①九月五日の塚本分会長の発言にもあり、また、翌六日の抗議文にも記載されていた「会社は、分会を誹謗、中傷するような不当労働行為にあたる掲示を行なわない約束せよ。」という部分を徹回し、②会社の掲示板提供の申入れに対し、これを受けなかつた分会の当初の態度について「わび状」を会社に提出すれば、掲示板を提供すると主張した。

これに対して、分会は、吉田労組と同じ内容の掲示板規定で掲示板の提供を受けることを了承した以上、不当労働行為にあたる掲示を行なわない旨約束せよといつたことを別に徹回することはないことおよび「わび状」も提出する必要のないことを主張して、結局団体交渉は物別れとなつた。

(6) その後の団体交渉において、会社は、分会が受け入れやすいようにその文章の表現を変えた「わび状」の案を作成し、分会に提出するよう求めた。

これに対して、分会は、掲示板の提供に関する経緯をそれぞれの立場から掲示すれば足りると主張した。そこで、会社は、分会にその掲示の案文を示すよう要求したが、分会は、これを拒否した。

このため、分会には掲示板は現在も提供されていない。

6 時間外労働

(1) 分会の公然化までは、会社では、土曜日を除き、大部分の従業員が大体一日二時間程度、月間三五時間前後の時間外労働を行なつていた。

(2) 組合は、分会の公然化と同時に、三六協定の締結を会社に要求した。

(3) ところが、会社は、分会の公然化および吉田労組の結成で社内が騒然となり、時間外労働がほとんどできないような状態であつたため、今後指示するまで一時時間外労働を中止する旨の掲示をし、全面的に中止した。

(4) しかし、会社は、業務上時間外労働の必要な部門もあり、また、吉田労組から時間外労働をさせるようにとの申入れもあつて、九月八日ごろから部分的に時間外労働を開始し、九月一五日からは分会員を除き従前どおり時間外労働を実施した。

(5) 九月一八日、分会は、会社に対し文書で分会員にのみ時間外労働をさせないことは差別扱いであり、分会員にも時間外労働をさせるよう抗議を行なつた。

これに対し、同月二〇日、会社は、「労働基準法が労働者の健康保持並びに余暇の文化的活用の見地から八時間労働制を重要な建前としている趣旨からして、貴組合が残業をさせない故を以て抗議するのは本来筋違いであります。まして九月五日付全大阪金属号外二頁に於て『毎日二時間以上の残業をさせられるなど労働者はクタクタになる迄働かされています。』とまで訴えている事実と相反し、理解に苦しむものがあります。会社は、上記基準法の趣旨を尊重し、今後共極力貴組合に残業させない方針であります。」と文書で分会に回答した。

(6) 一〇月七日、分会は、「機関紙記事をとらえて、残業させろとはおかしいと会社はいうが、残業してくたくたになるのはそのとおりであり、大事なことは、残業しないと生活ができないことである。会社も、定時間労働で生活できる労働条件を提示できないなら残業をさせるべきで、これをさせないのは不当な差別であり、一方的な賃金引き下げである。従つて①分会員の九月一日から一〇月六日までの残業手当を補償せよ。②今後分会員に対するこのような差別を一切しないよう抗議する」旨の文書を会社に提出した。

これに対して、会社は、その後の団体交渉で、①差別扱いであると抗議した二通の抗議文書を徹回し、②今後強制残業などといわないこと、会社が命じた残業には従事することについて誓約書を分会が提出すれば時間外労働を行なわせると回答した。

しかし、分会は、その必要はないとしてこれを拒否した。

(7) 一二月中頃、会社は、団体交渉の席上、今後現場職制において分会員の職務につき時間外労働を必要とし、かつ、本人が会社の要請に応じると判断した場合には、時間外労働を命じあるいは依頼することがあるとの方針を明らかにした。

しかし、分会員には時間外労働を命じていない。

以上の事実が認められる。

第二 判断

1 分会が公然化してからの労使事情について

(1) 会社は、分会の公然化および吉田労組の結成で会社内にできた二つの労働組合に対する姿勢として、前記第一認定のとおり、組合役員との面会の拒否、組合あるいは分会との団体交渉に臨んだ会社の態度、組合に関する会社の見解を表明した一連の文書の掲示、掲示板および時間外労働の問題についてとつた会社の態度等にみられるように、吉田労組に比して、組合あるいは分会に対して終始対抗的な姿勢をとつた。

このような情勢のなかで、分会および吉田労組は、前記第一の2の(8)認定のとおり、互に相手を非難攻撃し、勢力争いにしのぎを削り、労働組合員の獲得に全力をあげていた。

このため、従業員の間では、労働組合の所属をめぐつて動揺が起き、一時社内は騒然となつていた。

(2) 本件で問題となつている各行為は、いずれも、以上のような労使事情のもとで、しかも、分会が公然化してから約一カ月の間に、行なわれているものである。

このなかで、前記第一の1認定のとおり、分会が公然化した当時二〇〇名近くいた分会員の大半が組合から脱退するという事態が生じている。

2 文書の掲示と不当労働行為の成否について

会社は、組合に関する会社の見解を表明した一連の文書を掲示したことについて、これを不当労働行為に該当するとした初審判断を争い、初審は、これら掲示文書について、その記載内容の評価を誤り、これらを組合に対する誹謗、中傷と判断しているのであるが、これら掲示文書の内容は、あくまで事実にもとづいて会社の見解を表明したものにすぎず、しかも、強制、威嚇、報復、利益誘導あるいは利益供与をともなつていない以上、使用者に許容された言論の自由の範囲内に属すると主張するので、以下この点について判断する。

(1) 初審が掲示文書の記載内容の評価を誤つていると会社が主張する①原子力潜水艦の寄港をめぐる団体交渉でのやりとり、②大石に対する分会員の言動、③内野のけがおよび④組合役員の入門をめぐるトラブルの諸点についてみると、

① 原子力潜水艦の寄港をめぐる団体交渉でのやりとりについては、組合がこのような発言をしたとしても、それは、前記第一の2の(5)認定の組合の要求事項に関連しての団体交渉の場でのやりとりであつて、その発言の真意が会社の掲示文書に記載されているようなところにあつたとは認められない。

② 大石に対する分会員の言動については、このようなことがあつたとしても、分会の非公然化の時期に大石が組合のことを上司に話したことについてなされたものであつて、その時期における分会の態度としてやむを得ないものと認められる。

③ 内野のけがについては、分会員が内野に対してこのような言動を行なつたとしても、これが内野のけがの直接の原因になつたものとは認められない。

④ 組合役員の入門をめぐるトラブルについては、前記第一の2の(6)認定のとおり、門をはさんで組合役員を入門させようとした分会員とこれを阻止しようとした職員、守衛らとの間で起きたものであつて、その責は、事前に許可を受けていなかつたという理由だけで組合役員との面会を拒否してその入門を阻止しようとした会社側にあるものと考えられ、会社のこのような態度が分会員の行動を誘発したものと認められる。したがつて、これらの事項に関する会社の見解は、いずれも、事実を曲解し、組合あるいは分会の言動に藉口して組合を誹謗、中傷したものと認めざるを得ない。

(2) 会社の掲示文書については、前記第一の3認定のとおり、いずれも組合が非民主的な労働組合であるとの会社の見解を明確に表明しているものであつて組合を非難攻撃する趣旨のものであることは明らかである。むしろ、同月二〇日の「声明文」に総同盟系は『個人も会社も共々繁栄すること』を目的としています。」と記載されているように、掲示文書の内容には、組合と勢力争いにしのぎを削つていた吉田労組を歓迎する意思のあることが会社にうかがわれるのである。

しかも、これらの文書の掲示が前記第二の1に判断したような労使事情のもとで行なわれているのであるから、会社がこれらの文書を掲示したことついては、分会の公然化および吉田労組の結成のなかで、会社が組合の弱体化をはかり、吉田労組の勢力の拡大を助長しようとして、組合を嫌悪し、吉田労組を歓迎する会社の見解をこれらの掲示文書を通じて従業員に表明したものと認めざるを得ない。

したがつて、本件については、組合の弱体化をはかる意図のもとになされた支配介人の行為と認めざるを得ず、これを労働組合法第七条第三号に該当する不当労働行為とした初審判断は相当である。

3 分会員の家庭への訪問および文書の送付と不当労働行為の成否について

会社は、会社の課長代理らが分会員の家庭を訪問したことおよび分会員の家庭に文書を送付したことについて、これらを不当労働行為に該当するとした初審判断を争い、会社に対する危機意識から会社の課長代理らが中心となつて自発的に行なつたことであつて、会社として指示もしていなければ、関知もしていないと主張する。

しかしながら、前記第一の4認定のとおり、①これらの行為は、いずれも、会社の課長代理らが分会員あるいはその家族に対して分会員の組合からの脱退を呼びかけたものであり、②これらの行為を行なつたのは課長代理らの地位にある会社の職制であること、③訪問に際して渡された文書および送付された文書に会社名が使用されていること、④これらの文書の内容はほとんど同時期に行なわれた会社が掲示した前記文書の内容とほとんど同じものであること、⑤これらの文書が会社の複写機で複写され、その封筒も会社の事務用封筒が多数使用されていること、⑥これらの行為が前記第二の1に判断したような労使事情のもとで行なわれていること、⑦会社の課長代理らも、会社の将来のためには分会の存在は許されないと考えていたこと等の諸事情からみると、これらの職制らの言動については、組合を嫌悪し、吉田労組を歓迎する会社の意を体し、会社の職制の立場において、分会員をして組合から脱退させることを目的として行なつたものと認めざるを得ない。

したがつて、本件については、分会員に対して組合からの脱退を勧奨する意図のもとになされた会社に帰責されるべき支配介入の行為と認めざるを得ず、いずれの行為も労働組合法第七条第三号に該当する不当労働行為とした初審判断は相当である。

4 掲示板を提供しないことと不当労働行為の成否について

会社は、会社が分会に掲示板を提供しないことについて、これを不当労働行為に該当するとした初審判断を争い、①掲示板の提供は、労働組合に対する会社の便宜供与であつて、会社と分会の間で完全に意見の一致がみられない以上、会社が分会に掲示板を提供しなければならない理由はない、②分会が会社に不当労働行為にあたる掲示をしないよう約束することを要求し続けている以上、会社として、これが掲示板の提供を受けるための分会の条件と判断せざるを得ず、掲示板の提供にあたつて、この条件を撤回するよう分会に求めたとしても、不当ではない、③会社は、掲示板の提供がおくれた事由を全社に明らかにする必要から、分会に「わび状」の提出を求めたものであり、その表現について分会が受けいれやすいように変更したにもかかわらず、これに応じず、また、分会の主張どおり掲示板の提供に関する経緯を掲示することとして、その原案を会社に提示するよう求めたにもかかわらず、これにも応じなかつた分会の態度こそ不当であると主張するので、以下この点について判断する。

(1) 前記第二の1に判断したような労使事情からみて、当時分会が会社に不当労働行為にあたる掲示をしないよう約束することを要求したのも当然のことと認められる。

むしろ、前記第一の4の(5)認定のとおり、昭和四四年九月九日の団体交渉において、休憩までの時点で、分会が会社にこのことを主張することなく、吉田労組が了承したのと同じ内容の掲示板規定で掲示板の提供を受ける旨回答していることは、分会としては、会社が不当労働行為にあたる掲示をしないことを約束しなければ掲示板の提供を受けないとの態度をとつていなかつたものと認められる。

したがつて、分会のこのような態度からみると、会社が不当労働行為にあたる掲示をしないよう約束することを掲示板の提供を受けるについての分会の条件と判断し、分会からこれを徹回するとの一札の提出を求める会社の態度は、首肯しがたい。

(2) 上記のとおり掲示板の提供を受けるにあたつて分会のとつた態度に行き過ぎがあつたものとは認められず、この点について会社が分会に対して「わび状」の提出を求める筋合いはないといわなければならない。しかも、「わび状」の内容についてどのような表現をとつたとしても、会社に対して分会が一札をいれるという形式をとる限り、分会としてこれに応じられるものではなく、会社が「わび状」の表現をやわらげたにもかかわらず、分会がこれに応じないからといつて、分会の態度を不当であるということはできない。

会社が主張するように、分会が掲示板の提供を直ちに受けなかつた事由を全社内に明らかにする必要があるというなら、分会が主張するように、会社と分会がそれぞれの立場から掲示板の提供に関する経緯をそれぞれの掲示板に掲示すれば十分であり、分会が掲示する内容についても、事前にその原案を会社に提示してその了承を得なければならないものではないのであつて、会社が分会の主張を受けいれて掲示板に掲示する原案を提示するよう分会に求めたのに対して、分会がこれに応じないからといつて、分会の態度を不当ということはできない。

(3) 掲示板規定について分会が吉田労組と同じ内容で了承すると回答しているにもかかわらず、会社は、吉田労組には掲示板を提供しながら、分会には突如条件をもち出し、分会がこれに応じないとして掲示板を提供していないこと、会社が掲示板の提供についてとつた態度が前記第二の1に判断したような労使事情のもとでなされていること等あわせ考えると、組合を嫌悪する会社が分会に対してことさら受けいれがたい条件をもち出し、これを口実に分会に掲示板を提供していないものと認めざるを得ない。

したがつて、本件については、組合を嫌悪して行なつた分会に対する差別的取扱いと認めざるを得ず、これを労働組合法第七条第三号に該当する不当労働行為とした初審判断は相当である。

5 時間外労働をさせないことと不当労働行為の成否について

会社は、分会員に時間外労働をさせていないことについて、これを不当労働行為に該当するとした初審判断を争い、①時間外労働については、分会員であると否とにかかわらず、従業員個人として必要があるかどうかを判断し、会社の命令どおり行なつてくれる場合に命じているのであつて、分会員にはその必要がないために結果として命じていないにすぎない、②組合が会社の時間外労働を批判した機関紙の号外を出し、会社の時間外労働に対して批判的態度をとり、分会員にあつては、他の従業員より時間外労働の寄与率が低く、会社の時間外労働の命令を正当な理由なく拒否する者も多かつたために、会社の計画生産に支障を来たし、労務管理の上でも不都合であるので、分会員に対する差別扱いであると抗議した抗議文書の徹回と今後強制残業といわず、正当な理由がない以上会社の時間外労働の命令に従う旨の誓約書を分会に求めているものであつて、会社の措置は何ら不当ではないと主張するので、以下この点について判断する。

(1) 前記第一の6認定のとおり、分会が公然化する以前において分会員をも含めて時間外労働が行なわれていたにもかかわらず、昭和四四年九月に入つて、一時中止されていた時間外労働が再び実施されるようになつてから、分会員が時間外労働を全く行なつていないという事情からすると、分会が分会員に時間外労働を全くさせないことについて分会員に対する差別扱いであるとして会社に抗議したとしても、このことは不当なことではない。

組合が時間外労働に対して批判的な態度をとつているといつても、その意図は、できるだけ時間外労働をすることなしに定時間労働だけで生活できるような労働条件を獲得しようとするところにあるのであつて、分会として、公然化の時期から三六協定の締結を会社に要求し続けている事実からみると、時間外労働をしないという方針をとつているものでもなく、また、会社の時間外労働の命令について、従業員の方から理由をあげて拒否することは認められており、分会員が会社の時間外労働の命令をことさらに拒否するような態度をとつているという事情も認められないのであるから、分会が会社の求める誓約書の提出に応じないからといつて、分会の態度を不当であるということはできない。

(2) 会社においては、従来から分会員をも含めて時間外労働が行なわれていたこと、分会が公然化した以後において分会を脱退すれば時間外労働をさせていること等分会員にのみ時間外労働を全く必要としない事情が認められないことからみて、会社が分会員にのみ時間外労働をさせていないのは、分会員には時間外労働の必要がないために結果として時間外労働を命じていないということにあるものとは認めがたく、前記第二の1に判断したような労使事情のもとで分会員には時間外労働をさせない措置がとられていることをあわせ考えると、組合を嫌悪する会社が分会に対してことさら受けいれがたい条件をもち出し、これを口実に分会員をして時間外労働をさせていないと認めざるを得ない。

したがつて、本件については、組合を嫌悪する会社が分会員を不利益に取り扱い、分会員の脱退等組合の弱体化を意図して行なつた支配介入の行為と認めざるを得ず、これを労働組合法第七条第一号および第三号に該当する。

不当労働行為とした初審判断は相当である。

以上のとおり、本件再審査申立てには理由がない。

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